「あっ、ごめんなさい。えっと・・・あ、じゃ"○"でいいですか?」
「ま・・○???」
吉祥寺のライブハウス。ライブが終わった後、サインの為に差し出したシステム手帳を前に、Salyuが言った。「もう、戻らないといけないみたいだから・・・ほんと、ごめんなさい。それじゃ"○"で・・・」
そして、Salyuは僕の手帳に、小さな"○"を書いた。これだけのやりとりの間には、サインを書く事も出来たろうと思ったら、なんだか急に可笑しくなった。おちゃめな女性だなぁと思った。
2000年4月・・・僕等はSalyuの声を初めて聴いた。Lily Chou-ChouとしてのSalyuだ。
それからもう4年を超え、5年目に入るこの6月・・・。
Salyuはようやく、この2004年6月23日、「VALON-1」でソロデビューする。長い助走期間だった。しかし、Salyuは「この年月があって良かった」と音楽誌のインタビューに答えている。リリイのプロジェクト終焉の後、何度も行って来たライブの経験があってこそ、自分の中のボーカルのあるべき姿を見つけられた。それを知った上でのデビューで本当に良かったと・・・。
今回のソロ・デビューに当っての様々な記事の中で、とりわけ印象的な言葉がある。
「私にはこの身体があって、その上で、この声が楽器だから。自分の音楽に対する気持ちを、この声でちゃんと守っていきたいと思ってる。」
そこには、あの「手帳に"○"を書いたおちゃめなSalyu」とは別の、歌手Salyuがいた。
Salyuはインタビューにこう応える。「曲を書きたいとは思わない。文章を書くのは好きだけど詞も書かない」
Salyuは楽器に徹している。歌詞と歌を切り分ける希有な存在であるのかもしれない。自分で造り出した歌詞で思いを伝えるのとは違う、第三者の造り出したアイテムを、「楽器Salyu」として歌う事で、楽曲全体の世界観を、自分の思いをも伝える。自らを「楽器」「歌う為の身体」と宣言してしまう事は、おそらく生半可な決心では無いだろう。「声」以外の武器を捨て去ってしまう事だからだ。曲でも無い、歌詞でもない、Salyuが持つものは自分の声と身体だけ・・・。
それが新生Salyuなのだ。
Lily Chou-Chouプロジェクトの際のキーテーマのひとつは「呼吸」だった。SalyuはLily Chou-Chouとして「呼吸」を始めた。しかし、それはもしかしたら、命を与えられた羊水の中での呼吸・・・というより鼓動・・・呼吸を待ち望む憧憬だったのかもしれない。
けれど今、確実に「歌手Salyu」は生まれたのだ。
Happy Birthday ! Salyu !!
2004年6月23日・・・今、貴女は誕生したのです。 |